卒業生インタビュー

平成28年3月発行法学部紹介冊子からの抜粋です。身分・所属等は、とくに断りがない限り、当時のものです。

福西 竜也 ふくにし たつや

総務省

1979年滋賀県生まれ。滋賀県立膳所高等学校卒業、2003年京都大学法学部卒業。同年総務省に入省し、内閣官房・内閣府・消防庁・岩手県庁・香川県庁等で勤務。2017年7月現在、内閣官房内閣人事局(行政組織担当)参事官補佐・総務省行政管理局副管理官(外務省・文部科学省・宮内庁担当)。

『人間力』を
鍛える場

高校生のころ、歴史や政治経済に興味を持っていましたので、法学部ならそうした分野を学べると思い、京大の法学部を目指そうと思うようになりました。京大法学部では、経済学部の授業も履修することができ、後々役立つことにもなるのですが、当時はまだ、将来の方向性までが定まっていたわけではありません。

入学後、国際関係論研究会というサークルに入りました。これが、卒業後の進路が見えたきっかけとなりました。サークルの勉強会の中で政治や行政に興味を持つようになり、また、外務省を目指す先輩や入省した先輩と接することができ、初めて国家公務員という職業を意識しました。最初は外交に興味があり、外務省を含む省庁の合同説明会に参加しましたが、その時に、総務省の方の話を聴く機会がありました。そして、その方の人間性に強く惹かれました。「なぜ、この人は若くしてこんなに経験豊かで深い人間性があるんだろう」と。きっとそれは、地方で若くして管理職を務め、責任ある立場で仕事をした経験があるからだと感じました。

3回生で村松岐夫先生の行政学ゼミを専攻しましたが、ここで、地方自治に携わりたいと確信しました。当時、「国と地方自治体の借金は約666兆円ある。国家公務員になったら、これをどうするかが君たちの仕事なんだ」と言われたことが、今でも印象に残っています。

総務省への就職活動は大変でした。国家公務員試験の一次試験に合格すると、官庁訪問という面接などを行う期間が2週間くらいあります。東京に半月ほど滞在して、毎日朝から深夜まで、合計20人弱くらいの面接を受けました。本当にキツかったのですが、それを乗り切ることができたのは、大学時代の出会いや、大学生活でやり遂げてきたことの自信があったからだと思います。

京大は自由な校風でしたが、同時に責任を求められる環境もありました。法学部の勉強、サークル活動、バイトなど、義務や強制ではなく自分で考え行動する中で、様々な人と出会うことができました。実際、おもしろい人が本当に多かったです。また、高校時代から熱中していたボートと大学生活とを両立するために、あえて社会人ボートのクラブチームに所属したことも大きかったです。社会人たちの中で自ら考えて練習をこなし、またクラブの運営にかかわることもできました。こうした経験は大きな財産であり、勉強だけでは得られない「人間力」が身についたと思います。

総務省が他の省庁と違うのは、若いときに一人で地方に出され、肌感覚で現場を知ることができる点です。そういう経験ができるのは、霞が関で総務省だけです。また、総務省では地方に何度も出向し、自治体職員として仕事をします。ここでは、しがらみにとらわれず、現場を改革していくことも求められています。時には現場で制度の矛盾を実感します。でも、その実感を国に戻ってフィードバックして、次の制度に生かす。それが非常におもしろいです。それに、制度を作るに当たっては、現場を知っていることが大きな強みにもなります。

現在は、総務省自治財政局公営企業経営室という部署で、水道や地下鉄など、地方自治体が行っている企業の経営や制度づくりに関わる仕事をしています。また、地方財政制度という大きな枠組みにも、公営企業という観点から携わっています。

入省10年目以降は、政策や制度作りの中核を担う世代となりますので、地方での経験を活かし、現場の声を制度に反映させていきたいです。総務省では、地方行政、地方財政、地方税制、消防など、幅広い分野の仕事があります。また、他省庁に出向する機会も増えています。今後、どの分野に携わるかはわかりませんが、その分、常に刺激があります。様々なことをやってきた人には、人間性に深みがあります。先輩方に魅力があるのはそういう経験があるからで、自分もそうなりたいですね。