卒業生インタビュー

平成28年3月発行法学部紹介冊子からの抜粋です。身分・所属等は、とくに断りがない限り、当時のものです。

濵本 章子 はまもと あきこ

裁判官

1986年京都大学法学部を卒業。1989年に司法試験合格、司法修習を経て、1992年判事補任官。大阪地裁や岡山地裁等で勤めたのち、2002年判事任官。大阪地裁や名古屋地裁での裁判所業務の傍ら、2005~2007年には京都大学法科大学院の実務家教員としても活動する。2013年より岡山地方・家庭裁判所倉敷支部長、2016年4月より大阪地方裁判所部総括判事。

司法試験の、
その先へ

私が法曹を目指すようになったのは高校生の頃でした。それから大学を経て司法試験を通過し、司法修習生になるまでの長い間、第一志望は弁護士だったのですが、実務修習の時に裁判所で裁判官の仕事を目の当たりにした時、「自分にはここが一番合っているかも」と思うようになりました。依頼者の立場に左右されず、憲法と法律、そして自分の良心に従って判断を下すという、もっとも中立公正な立場で自分の力量を発揮できるところに魅力を感じたからです。

このように進路は少し変わりましたが、いまの私の土台を作ったのは、京大法学部での濃密な4年間でした。まず、授業のレベルが非常に高かったですね。どの先生もご自身が研究する学問に自信と誇りを持っていて、独自の哲学に則った体系的で美しい理論を示してくださいました。法曹を目指す学生はつい司法試験対策に意識を傾けがちですが、いざ司法の現場に立つ身になってみると、試験勉強で得た知識よりも授業で先生方が語ってくださった、現在運用されている法律の原理原則やその背景にある歴史・精神性といった根源的な部分を培っておく大切さを痛感します。

当時の私は軽い気持ちで「せっかくだからいろいろ勉強しておこう」と、様々な法学の授業を履修していました。そのために大変な思いをしたこともありますが、多くの先生のお考えに触れることができたほか、学生同士で議論する機会もたくさん得られ、とても贅沢で有意義な時間を過ごせたと思います。これから京大法学部で学ぶ皆さんにも欲張ってなるべく多くの授業を受けてもらいたいですね。

これでは私がまるで模範的な勤勉学生だったように思われるでしょうが、実はそうでもないんです(笑)。京都大学推理小説研究会(通称・京大ミステリ研)というサークルの活動もやっていました。メンバーが作った作品の「犯人当て」をしたり、評論をしたり。楽しかったですね。OBには作家になった人もいるんですよ。推理小説の醍醐味は、作者が仕組んだ巧妙なパズルを解くところにありますが、私が裁判所で扱っている民事の紛争も、推理小説と同じような面があります。最初のうちは事態が混乱してなかなか事実が見えてこないのですが、出来事や証拠を一つひとつ整理していくと、混乱を招いた原因や解決の糸口が浮き出てくるのです。サークルに限らず、法学にはあまり関係のなさそうな課外活動でも、あとで思わぬ形で結びついたりするので、興味のあることは学生のうちにどんどんやっておくといいですね。

もう一つ、私が挑戦してよかったと思うことは、判事任官後、2年間にわたって京都大学法科大学院の実務家教員として教壇に立ったことです。週2回の限られた時間ではありましたが、民事訴訟の仕組みや裁判官の仕事などについて話し、法律家を目指す人たちと直接ふれあうことができました。いまでは教え子が多数実務家として活躍しています。私は彼らが法曹になる過程に関与できたことを、とても誇らしく、幸せに感じています。

こうして自分自身の学生生活や教員経験を振り返ってみると、改めて思います。京都大学法学部は、法曹を目指す場合、どういう法律実務家になるか、法曹としてどういう仕事をするかといった、普通であれば社会に出てから本格的に考え始める課題を早い段階から探求でき、多くの成果を得られる場所だったのだと。高度な授業を展開してくださる教授陣やともに机を並べる学生など、目標や刺激をくれる素晴らしい人材が集う、こんなに恵まれた環境の大学で学ぶことができた私は、本当に幸運だったと思っています。