租税法とはどんな分野か

租税法という分野は、かつては、行政法の中にある一分野(行政法各論)と位置づけられていました。租税法は、税務署長などの行政機関に対して、人々に税金を払う義務を一方的に課す権限や、これに従わない者の財産を強制的に取り上げる権限を与える法、つまり公権力を与える法であり、典型的な行政法(公法)だと考えられてきたのです。

しかし、今日の租税法は、そうではありません。第二次大戦後、人々が自主的に申告と納税を行う制度が導入され、公権力の行使が後退したことを背景に、租税法は、行政法の考え方や研究手法を応用(借用)するというそれまでの姿勢を真摯に反省し、行政法からの分離独立を標榜して、その姿を現しました。そして、日本がまだ占領下にあった1950年には、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の方針により、東京大学と京都大学に租税法の講座が設置され、そのための研究者(教授)を任用することとなりました。

今日の租税法は、税金の算出方法に関するルール(租税実体法)を主要な研究対象とし、その立法や解釈適用のあり方を、民事法(民法総則、契約法、家族法など)や商事法(会社法など)、そして経済学と関係づけながら、研究する分野となっています。

法学部における租税法科目

京都大学法学部の租税法に関する科目には,講義と演習があります。

講義では、税負担の金額を決めるルールである租税実体法を主に取り上げます。具体的には、企業に対する租税である法人税または個人に対する租税である所得税を対象とします。これらの租税の学習を通じて、国や地方公共団体を運営するための費用を、人々や企業がどのように分担すべきか、その結果、人々の格差や企業活動がどのように影響を受けるかを考えます。

演習では,取り上げる題材は開講時期によって変わりますが、租税法に関する重要な裁判例や論文のほか、一冊の書物を通読することもあります。

高校生へのメッセージ

租税法だけでなく、法学全般に関わることですが、公務員になられる方や、法曹、公認会計士、税理士等のいわゆる士業になられる方は、大学で学んだ法学を、自らの専門分野として直接実践する機会が多くあります。他方で、こういった職業に就かれない場合、大学で学んだ個別の法律そのものが問題となる場面に出くわす機会は多くないかもしれません。それでは、公務員などを目指していない場合に、法学は勉強しても仕方ないのか、というと全くそんなことはありません。

法学は、究極的には人間が形成する社会に健全な秩序と進歩を与えることを使命とします。自分の欲望に忠実に従って生きる人間が、殺し合いにならず秩序をもって進歩する社会を形成するためには、ルールが必要です。そして、我々は、国家という巨大な集団だけでなく、地域社会、会社、学校、家族など複層的な集団に所属して生きています。大学で主として学ぶ個別の法律は、国家が定める網の広いルールですが、そのあり方や公正な適用の判断過程を学ぶことは、皆さんが複層的に所属する集団のいずれにおいても実践的に活きてくるでしょう。

さらに、我々が暮らす民主主義の日本において、磨くべき素養として重要なことは、今あるルールを所与のものとして考えず、そもそもその存在意義を疑い議論を行える態度を身につけることです。民主主義は、多数決という一面も持っていますが、多数決によって常に善き法律が作られるとは限りません。多数決によって国民の権利義務を抑圧する邪悪な法律が作られてしまう場合があることを歴史は教えてくれます。著名なフランス人政治哲学者のトクヴィルは、1830年代のアメリカを旅行し、民主主義には個人主義からくる「多数の暴政」の危険があることを喝破しました。法学は、多数決によって社会から排除された人々を社会に包摂し直す力となる学問でもあります。

租税法研究の魅力

租税の存在意義について、エレガントに表現した言葉に、「租税は文明の対価である」というものがあります。これは、アメリカで最も尊敬される法律家の1人であるオリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニアの言葉として伝わるものです。私達が日常生活をおくるにあたって、当然存在するものと考えている、道路や公園などを整備したり、安全を守ってくれる警察組織の運営など、それらは租税によってなされています。租税は、私達が文明社会に生きていくためには不可欠なものといえそうです。

他方で、「課税とは窃盗である」という物騒な言葉もあります。これは政治哲学の文脈においてリバタリアンと称される論者たちの主張です。租税は法律で定まった以上、租税をとられることに自分は同意をしていないという人からも強制的に徴収するという特徴があります。自分が汗水たらして働いて得たお金を国家に強制的に徴収されて、自分以外の人々のために使われるのは我慢ができないという気持ちは分からないではありません。

こういった多様な考え方を踏まえつつ、租税制度は考察されて構築されています。果たしてどのような租税制度が望ましいのか、そして、租税に関する法をどのように適用するべきなのか、複雑な原理に基づき具体的な制度とその適用へ至る考察が租税法研究の魅力の一つです。ぜひ、皆さんも一緒に考えてみませんか。

公法(租税法)田中 晶国

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